技術の未来を見通すのは難しい

30年前(平成元年)に、メーカーにワープロの未来について聞いたダイムの記事にコメントがついています。記事に対しての思いと、当時の空気感含めて振り返ってみます。

1989年のワープロとPCの立ち位置

この頃実家にワープロがありました。冷静に考えると何に使っていたのだろう?よく分からないのですが、世の中はワープロ全盛、そしてバブル真っただ中でした。

富士通「たとえば車の会社を考えてみてください。セダンをワープロとすれば、パソコンはトラックに相当します」

松下電器「5年前、パソコンの普及台数は100万台、今は120万台と伸びはゆるやかです。一方、ワープロは30万台が280万台にまで伸びています。この数字を見ただけでも、パソコン社会よりワープロ社会到来の方が早いと考える材料になります」

メーカー各社の先見の明のなさや、広報が売れ筋製品を否定できないポジショントークという指摘がありますが、実際のところどうなんでしょうか。

確かに、パソコン社会よりワープロ社会が到来しました。当時のPCは起動に時間がかかり、インターフェイスも分かりやすいとはお世辞にも言えず、価格もワープロの倍以上していたので、一般的ではなかったんですよね。

子供が遊ぶファミコンソフトなのに「コマンド?」ってそっけなく聞いてしまう「初代ドラゴンクエスト」の世界観を想像していただくとイメージしやすいかもしれません。富士通の方も、ハイパフォーマンスな業務用という意味で「トラック」という表現を使ったのではないのでしょうか。

当時のBtoC、BtoB

1989年からWin95が出る前くらいまでは、技術志向の強いお父さんがPCを買ってきたものの、いまいち使いこなせずゲームくらい…というご家庭が多かったように思います。何かを印刷しようとしてもプリンターが高額ですし。

その点、ワープロは便利でした。簡単起動でキー配列もインターフェイスもシンプル。プリンタ一体型なので、みんな大好き年賀状や、ちょっとした印刷物やお手紙も作れます。

それはビジネスユースも同様だったのでは。基本的に、営業活動は日報や見積もり、送付状などのシンプルな文書作成が中心です。当時はまだ記入式の請求書や見積書も一般的でした。ひな形をワープロで事務スタッフが作成して、プリンターで印刷する。それで事足りていたのです。

東芝「そんなこと誰が言っているのですか。パソコンとワープロはこれからますます共存共栄していきますよ。今はワープロとパソコンの台数がほぼ同数ですが、将来的には、ワープロ10に対してパソコン1ぐらいの割合になると思います」

技術系の仕事は当時からPCを使っていたと思いますが、いくらバブルとはいえ全社でPCを使うほど投資できる会社が一般的だったとは思えませんし、おそらく多くの従業員が使いこなせなかったでしょう。

ハイスペックPCを一部の技術者や研究職が使い、それ以外の営業やバックオフィス、コンシューマーはワープロで十分!という背景が、東芝の“10:1”発言にあったのでは。実際、20年以上経ってもポメラがヒットしたことからも、根本的な営業ニーズはあまり変化ないんですよね。

1995~2000年で変化した潮流

風向きを変えたのは、個人的にWin95とiMacのような気がしています。Win95の分かりやすいインターフェース、そしてスケルトンがかわゆいiMacが爆発的に人気になったことで、PCは一般の人にとっても“敷居の高いもの”ではなくなりました。

取材を受けた1989年時点では、こんなに早く一般に浸透するPCが出るとは想像できなかったのではないでしょうか。携帯電話も、スマホの前身となるW-ZERO3という存在がありましたが、PC同様にiPhoneの台頭で大きく流れが変わりました。優れたプロダクトが潮流を変えるタイミングというのがあるのだと思います。

 

なお、95やiMacが出たからといって大きく商習慣が変わるわけでもありませんし、オフィスでグラフィカルな操作ができるようになったのは、少なくともWin2000からです。95、98時代はしょっちゅうブルースクリーンが出て、複雑なExcelとかPPTファイル作ると危険でした。ビジネスでの書類のやり取りはFAXが中心でしたし、2000年くらいまではワープロで事足りる程度のシンプルな書類作成と表計算、ご家庭ではお手紙などが中心だったと思います。この5年を転換期として、同時にインフラもプリンタ性能も向上し、PCがすごい勢いでワープロを追い越していきました。

パソコンって、やっぱり複雑なんですよね

60歳過ぎてからパソコンを導入した父親は「ワープロ原理主義者」でした。マイコンピュータとマイドキュメントの違いが分からず、ディレクトリという概念を理解するのに時間がかかりました。

よしながふみさんの「きのう何食べた?」で、主人公の史郎さんが帰省した時に、お父さんが「パソコンのバー?みたいなものがどっか行った!」と泣きつくシーンがあります。まさにあるあるだと思いました。自分も頭を抱えたことは何度もあります。

 

メーカーの方の予想を覆し、ワープロを軽々と追い越したPCですが、特にtoCにおいてはスマホに置き換わられつつあります。PCは魔法の箱だと思っていましたが、スマホでメモも写真加工もお絵描きも決済も通信も音楽もゲームも翻訳も何でもできるようになりました。メーカーも撤退が続き、生き残っているのはビジネスモバイルかノートPCが中心で、デスクトップは少数派です。

iPhoneが出て10年ちょっと。未来を見通すのは難しいとつくづく思うのです。